口説く?

私は最大限急ぎ、(遅いとか見積もりオーバーとか言われないように)支度をして出口に向かう。

 

エレベーターから飛び出し、走り回った犬みたいにハァハァしながら、なんで私、こんなことをしてるの?と思ったけど。

 

 

 

「お待たせしました!」

 

 

 

と、鈴木さんの顔を見た時。

 

食事に行くのだから、化粧直しくらいすべきだったと気がついた。

 

たぶんハゲハゲ化粧の顔。
後の祭り。
自分の女子力の低さにガックリ。

 

 

会話もなく、鈴木さんの後ろをスゴスゴとついて行く。(前もこのパターン…)

 

 

お店は会社から少し歩いた所で、でも私は来たことのない地域だった。

 

小料理屋さんって感じのお店。
昭和っぽい感じだけど、すっきりと清潔そうな店内。

 

カウンターの向こうの調理場もピカピカ。

 

 

 

「ここの料理はなんでも美味しいです。飲み物は?お酒は飲めますか?」

 

「鈴木さんは、お飲みになりますか?」

 

 

 

テーブル席に案内されて、小さなメニューを渡されたけど、なんか緊張する。
なんで私、誘われたんだろう?

 

 

 

「ビールを飲もうかと」

 

「私もそうします」

 

 

 

あ、会社帰りに飲みに誘ったってだけ?

 

だけど、なんで?
私は6階、鈴木さんは7階でフロアも違うのに?

 

中島君みたいに、一人でご飯を食べるのが好きじゃない、とか?

 

いや、鈴木さんは一人でも平気でしょう。

 

実際、この店、彼一人でもすごく似合っているもん。

 

 

考えはグルグル頭の中をめぐるし、緊張してカチンコチンだけど、おいしいものが好きな私は、壁の『今日のおすすめ』が気になる。

 

 

 

「何にしますか?」

 

「んー、出てくる量がわからないので…。えっと、肉じゃがは食べたいです。あとは、鈴木さんにお任せします」

 

 

 

鈴木さんの好き嫌いもわからないし、そう言うと、鈴木さんは肉じゃがと『今日のおすすめ』を中心に頼んでくれた。

 

『今日のおすすめ』食べられるのが、密かに嬉しい私。

 

生ビールがきて「おつかれさま」をして、お料理を待つ。

 

 

 

「また、貧乏くじを引かされたのですか?」

 

 

 

うっ、とビールが喉に詰まった。

 

 

 

「内勤の人はそういうものではないのかもしれませんが、本人がやるべきだと思います」

 

「………」

 

「少なくとも、私が第2部にいた頃、宮内紗江さんの時は、そういうことはしていなかったと思いますが」

 

「……はい」

 

 

 

御園さんと私。
この部署は、私の方が長いけど、それも微々たるもの。

 

先輩風なんか吹かせられないよ。
それに御園さん、総務からこっちに移ってきても、堂々としてたし。

 

彼女は面倒な仕事から抜けるのが上手で、いつの間にか、雑務が私の仕事になってたりするんだもん

 

 

しゅわしゅわと上がっていくビールの泡と反対に、私の気分は下がっていく。

 

あなたの彼女かもしれないような、やり手の人に対抗なんて出来ません。

 

 

 

「やれないことは、やれないと断わることも必要です」

 

「……すみません」

 

 

 

うなだれて。
正面に座る鈴木さんを見ることができない。

 

美味しそうなつきだしも、箸をつけられない。

 

私、この人に本当に口では(実力でも)勝てません。

 

 

 

「はい、おまちどうさま!あら、辛気臭いわね。鈴木さん、別れ話?」

 

 

 

かっぽう着を着た、ふくふくした感じのおかみさんが、お料理を持ってきた。

 

別れ話、なんてそんな色っぽい(?)ものじゃありません。

 

お説教です。
それだけでございます。

 

 

 

「いえ、これから口説くところです」

 

 

 

おかみさんに答える鈴木さん。

 

く、口説く?
くく、口説くぅぅう??!

 

私はうなだれていた顔を、バッと正面にむけた。

 

鈴木さんは微笑んで、おかみさんから肉じゃがを受け取っている。

 

あらまあ、若い人はいいわねえ、なんて言うおかみさんと、にこやかに会話する鈴木さん。