笑顔が忘れられない

そんなもんなの?
男の子の友達は、ほんの数人。

 

おつきあいしたことは1度きり。
大学の時、それも数カ月。
そんな私に男性の心理なんてわからないし。

 

仕事も、男女のおつきあいも、ダメの女。

 

気持ちが引っこんで、硬くなって、自分がつまんない小さな石ころになったみたいな気がする。

 

 

小康状態だった雨がまた強くなって、彼はワイパーを早くした。

 

早く着かないかな…
鈴木さんは苦手、かもです……

 

 

 

「もうすぐ駅ですが雨もひどいし、ご自宅の近くまでお送りしますよ」

 

「すみません!えっと、この道路を真っ直ぐ行って…」

 

「八幡さまのほうですか?」

 

「あ、はい。参道を横に入った住宅街です。鈴木さん、この辺に詳しいんですか?」

 

「父母は浜田山に住んでいますので」

 

 

 

浜田山、隣町だ。
私自身はボロアパートに住んでいるけど、このあたりから隣町は立派な住宅が多い。

 

鈴木さん、お金持ちの家の人なのかなぁ?

 

スーツも高そうな感じだもんねぇ。

 

あれ、でも『父母は』ってことは?

 

「鈴木さんは何処に住んでいるんですか?」

 

「私は池の上で一人暮らしです」

 

「す、すみません!遠回りさせてしまって!」

 

「車ではたいした距離ではありません。ですが、今後、天候の悪い日は早く帰るようにして下さい」

 

「はい……」

 

 

 

この人といると自分が無能な、気の利かない女だって感じる。

 

仕事は遅いし、女子力低いのは事実だけどさ……

 

 

 

「あ、ここで!」

 

「すぐ近くなんですか?」

 

「はい。アパートはあの鉄の門の奥です」

 

「濡れますよ。門の前まで…」

 

「いいです!この道、一方通行でずーっと遠回りになるんです。この参道の商店街を抜ければ、大通りに出ますから」

 

 

 

せめてこれくらい気づかいしないと。
サッサと車から降りようとしたら、

 

 

 

「木下さん」

 

 

 

静かな鈴木さんの声。

 

 

 

「もっと笑顔になった方がいいですよ」

 

「は?!」

 

 

 

笑顔?
笑顔になれ??
っていうかあなただから、私ニコニコ出来なかったんですけど。

 

普段はもっと笑います!
それに無表情で攻めてくる、あなたにだけは言われたくありません!

 

とは、とても言えませんけど……

 

 

 

「木下さんの笑顔は可愛いらしいです」

 

あまりに冷静に言われて、一瞬意味が取れなかった。

 

気がついてから、今度はボンッとばかりに顔が赤くなる。

 

可愛いらしい。
可愛いって言われたんだよね?
可愛いと、可愛らしいじゃ、若干ニュアンス違うけど、でも。

 

すっごく嬉しい!

 

真っ赤な顔して喜んでいたら、男慣れしてないのが丸出しだろうけど、それでも嬉しい。

 

 

 

「木下さんの『宝』だと」

 

「はい……!」

 

 

 

そっかぁ〜。
私のお宝なのね、笑顔は!
上がった気分に、えへへへ〜と盛大に笑ってしまう。

 

 

 

「少々バカっぽいので武器にはならないでしょうが、あなたを守ってくれると思いますよ」

 

 

 

バカ?!
私の笑顔、バカっぽい?!!
バカ!!?

 

なんなの、この人!
ヒ〜ド〜イ〜!!!

 

キリキリ舞させられて、お説教で落とされて、ほめられて舞い上がったら、ドスンとつき落とされる。

 

 

絶対、勝てない。
というか、負ける気しかしない。

 

 

私が呆然としていると、鈴木さんはプッと噴き出した。

 

それから肩を震わせクククッと喉の奥で笑いだす。

 

彼のキリリとした目元が緩んで、目尻にシワが寄る。

 

小学生のいたずらっ子みたい。
急に幼く感じる笑い顔。

 

今までの冷たい無表情とのギャップに、私は目を見開いたまま、身動きできなくなった。

 

と、真顔に戻ってしまった鈴木さん。

 

 

 

「ちょうど小降りです。今のうちに。お疲れさまでした」

 

「あ、はい!お疲れさまでした!」

 

 

 

車から飛び出して、私がアパートの鉄の門を開けようとすると、ビニ傘の向こうで黒い車が停まったままなのが見えた。

 

私がぺコッとお辞儀すると、車内の鈴木さんもお辞儀をしたのがわかった。

 

門を開けて私が入るのを確認して、彼の車が走り出す音がする。

 

 

いったいなんなんだろう、あの人。

 

仕事が出来て、厳しくて怖くて、有無を言わせなくて、でも認めてくれて。

 

失礼なことを言うのに、それこそ可愛らしい笑顔が、頭の中で消えてくれない。

 

 

 

私はその日、お布団に入ってもなかなか眠れなかった。(いつもは3秒で寝る)

 

 

でもそれは、住んでいる古いアパートが、台風で吹っ飛ぶんじゃないかって、怯えたから。

 

 

 

 

私はそう思うことにした。