助手席

そして今日何度目かの驚き。
守衛室の前に鈴木さんが立っていたのだ。

 

 

 

「遅いですね」

 

「す、すみません!」

 

 

 

えっと、でもお疲れさまって言ったよね?

 

待ち合わせとかしてないよね?

 

 

 

「井の頭線、止まりました」

 

「えっ!」

 

「どうなさるんですか?」

 

 

 

どうしよう、タクシーしかない?
お金足りるかな?
バッグを開けてお財布を確認しようとすると、

 

 

 

「最寄りの駅は何処ですか?」

 

 

 

私が駅名を言うと、鈴木さんは難しい顔になった。

 

 

 

「男に最寄駅を聞かれて、そんなに簡単に言うのは、いかがなものかと」

 

 

 

アナタが聞いたんでしょーが! とツッコミたかったけれど、電車は動かなくなっちゃったし、お金は足りるのか微妙だし、鈴木さん怖いからこれ以上関わりたくないし。

 

社会人の、ある意味拒絶の言葉『お疲れさま』をもう一度言おうとしたら

 

 

 

「私も井の頭線なので送ります」

 

送る??
だって電車止まったんだよね??

 

 

 

「いつもは電車通勤ですが、車で来ているんです。今日は台風がくることは予想されていたので。車なら電車が止まっても帰れるかと」

 

 

 

用意周到ですね。
すばらしいです。
私には出来ません。

 

今からタクシーよんだら、相当な時間、待たないと来ないだろうな……。

 

 

 

「……すみません。ご一緒しても、……いいでしょうか」

 

 

 

もう情けなくて、ヘナヘナと苦笑しながらお願いをすると……。

 

 

 

「しかたがないですね」

 

 

 

しかたがない女は、おとなしく鈴木さんの後をトボトボついて行く。

 

 

駐車場にある車は、私でも知ってる有名なハイブリッド車だった。

 

車に全然詳しくないからお値段はわからないけど、ボディは深みのある黒色に光っていて、キチンと手入れしてるんだろうなって感じ。

 

どこに乗ったらいいんだろう?
助手席?後ろ?

 

悩んでいたら、彼がサッと助手席のドアを開けた。

 

うわぁ!
女の子のあつかいです〜。
女子力の低さゆえ、このようなあつかいをされたことがない私はドギマギしてしまいます〜。

 

 

 

「す、すみません……!」

 

 

 

すぐさま乗り込むけど、私の顔は赤いと思う。

 

ヘドモドする私と対照的に、鈴木さんはスラリと涼しい(と言うより冷たい?)顔で運転席に座り、車が動き出す。

 

 

 

「こんな天気なので、安全第一で運転します」

 

「あ、はい、すみません」

 

 

 

今は雨は小康状態。
でも風は時々ものすごく吹いて来て、ビル風の場所などは慎重に運転しているのがわかる。

 

仕事デキる男は、運転も上手いんだなぁ。

 

車の中は会話もなく、なにか私から話すべき?

 

だけど、私は自分から積極的に話すのが苦手なんです……。

 

 

停電は会社の一帯だけだったらしく、他のところは電気がついている。

 

車の中、街灯の光に浮かぶ鈴木さんの横顔をそーっとうかがう。

 

艶のある黒髪はこんな台風の日だって言うのに、乱れがなくきちんとしている。

 

スーツも仕事帰りとは思えないほどピシッとしているし。

 

あ、それは姿勢がいいせいかもしれないなぁ。

 

 

 

「あの資料は第2部が統括することになっていたのですか?」

 

 

 

ぼ〜っと鈴木さんを見ていたから、突然、話しかけられて驚いた。

 

車は赤信号で停まっている。

 

 

 

「あ、いえ、内勤の3人ですることになってました」

 

「なぜ、木下さん一人が残ったのですか?」

 

「第1の二葉さんは戸塚なんです。東海道線は止まるのが早いからと7時ごろ帰られて、第3の御園さんはお迎えが来たからと定時で。私が一番会社から近いと思ったし……」

 

「御園さんのご自宅は品川区ですよ」

 

「あ……、そうなんですか…」