デキル男

「えっ? えええ?! いいです! そんな!」

 

「女性を一人でこんな暴風雨、しかも停電している中で残業させるわけにはいかないでしょう」

 

「あの、この書類、一応、明日の会議で決定するまでは……」

 

 

 

しどろもどろで説明して、お断りをしようとすると

 

 

 

「大丈夫です。私は今日の午前の会議にも出ています。明日の会議も吉田部長と一緒に出る予定です」

 

 

 

さっきチラッと見た画面から、そこまで判断したの? この人。

 

彼はすぐさま隣のデスクに座り、黒い重そうなビジネスバッグからパソコンを取り出した。

 

 

吉田部長と出るってことは、この人は第3ビジネスソリューション部?

 

午前の会議に出たってことは、役職クラスのはずだ。

 

第3部は大きめのプロジェクトを引き受けることが多い精鋭部隊って聞いたんだんけど?

 

まだ若そうなのに?
20代後半?
どう見ても30代前半だと思う。

 

 

 

「すぐに始めましょう。木下さん」

 

「えっ?! なんで私の名前を? すみません、私、あなたを存じ上げて……」

 

「あなたの首から下がっているIDカードに木下彩(キノシタ アヤ)と書いてありました」

 

「あ、……そ、そうですね……」
なんか私、アホっぽい……。
彼はなんという名前なんだろう?
隣に座ってしまったからカードが見えない。

 

 

 

「私は第3部の鈴木拓也(スズキ タクヤ)です」

 

 

 

えっ?! この人、私の考え読んだ?!

 

 

 

「余計なことは考えずに集中してください。私は木下さんのチェックをしますから」

 

 

 

うわぁん! ごめんなさい!
絶対鈴木さん、苛立ってる〜。

 

 

鈴木さんは猛烈な速さで資料を読みこむ。

 

あっという間に追いつかれそう〜、ひいぃぃ!

 

私は気後れと焦りでヘンな汗が出てきた。

 

 

自分たちのパソコンの光と、天井に向けた懐中電灯(守衛さんが持って来てくれた)しかない暗いフロア。

 

窓の外の風は、鈴木さんが来た時より強くなってきている。

 

 

 

「日本語がおかしいところと、文章の意味が取れないところがあるのですが」

 

「す、すみません……、どこですか?」

 

「ここと、ここです」

 

「あ、葛原さんのメモが走り書きで……、あっ、ここは文章抜かして打ち込んでます、私。……すみません」

 

「そのメモをください。私がします」

 

「……すみません」

 

 

 

鈴木さん、今度は目にも止まらぬ速さでキーボードを打つ。

 

私はその音に焦ってしまって、浮足立ってしまう。

 

私は急き立てられるような、そういう状態での仕事が苦手。

 

この鈴木さんの仕事っぷり、私、つらいです。

 

今日初めて名前を知った、デキる(おっかない)男性と、必死に仕事している自分。

 

停電の暗さ、外はゴウゴウ風が鳴ったり、雨が打ちつけたり。

 

なんだか非常事態。
非現実で、奇妙な感じ。

 

 

でも、鈴木さんのおかげで、自分で考えていたよりもずっと早く仕事が終わった。

 

 

 

「すみません、本当に」

 

 

 

場を和ませようと、必死に笑顔でお礼を言うけれど

 

 

 

「早く帰りましょう」

 

 

 

鈴木さん、無表情……。

 

 

 

「はい、すみません。お疲れさまでした」

 

 

 

私は深々と頭を下げた。

 

 

 

「懐中電灯は、木下さんが守衛室に帰して下さい。お疲れさま」

 

 

 

彼はまったく躊躇なく出ていった。
気持ちがますます委縮する。
迷惑をかけちゃったな。

 

ノロノロと帰り支度をして、エレベータの前に立ったら、停電で動かないって気がついて、階段を下りていると、

 

 

 

「ええっ?! 木下? まだいたのかよ!」

 

 

 

と、同期の中島裕也(ナカジマ ユウヤ)の声が響いた。

 

 

 

「あ、中島君も? 第1も残ってたの?」

 

「女の子がこんな日に残るなよ、危ないって!」

 

「あ……、うん、まあ、駅からタクシー使うし」

 

「本当に気をつけろよ。送ろうか?」

 

「いいって!中島君反対方向だし。地下鉄が動いてるうちに急いで帰ってね」

 

「……、お疲れ」

 

「お疲れさま〜」

 

 

 

中島君は私の足元を照らし(私も懐中電灯持っているのに)もう一度心配そうに振り返る。

 

「大丈夫だよ」へにゃ〜と笑いながら声をかけると、やっと彼は階段をおりていった。